ゴミ屋敷の住人にとって、「服」と「ゴミ」の境界線は、しばしば曖昧になっています。一般的に、汚れていたり、破れていたり、明らかに不要になった衣類はゴミとして認識されますが、ゴミ屋敷の住人の中には、これらの物をゴミとして捨てられない人が多く存在します。この曖昧さの背景には、いくつかの心理的要因が考えられます。一つは、「もったいない」という感情の極端な表れです。まだ使えるかもしれない、いつか役に立つかもしれない、という思いが強く、どんなに古くても汚れていても、捨てることへの抵抗感が生まれます。特に、物を大切にする教育を受けてきた世代や、経済的に苦しい時代を経験した人々にとっては、この感情が強く働くことがあります。しかし、それが度を超すと、本来の「大切に使う」という目的から逸脱し、ただ物をため込むだけの行為になってしまいます。次に、「判断能力の低下」も大きな要因です。高齢化や認知症の進行、あるいは精神疾患の影響により、物が清潔であるか、使用可能であるか、あるいは本当に必要であるかといった判断が難しくなることがあります。これにより、汚れた服と綺麗な服、不要な服と必要な服の区別がつかなくなり、全てを「大切な物」として認識してしまうことがあります。結果として、着ることもない大量の衣類がゴミとともに堆積していくのです。さらに、「自己肯定感の低さ」も影響している場合があります。自分自身を大切にできない、自分の価値を低く見積もっている人は、自分の生活環境を整えることへの意欲を失いがちです。自分にとって必要な物を選ぶ、不要な物を手放すといった能動的な行動が困難になり、結果として、服であれゴミであれ、目の前にある物をそのまま放置してしまうことになります。ゴミ屋敷における服の問題は、単なる物の整理整頓の問題ではなく、住人の内面にある心理的な課題や、判断能力の低下といった深刻な問題が潜んでいることを示唆しています。この境界線が曖昧になることで、生活空間が侵食され、やがては命に関わる危険な状態へとつながっていくのです。
服とゴミの境界線?曖昧なゴミ屋敷の住人