私は、いわゆる「隠れ汚部屋」の住人でした。外では都内のIT企業でシステムエンジニアとして働き、清潔感のある身なりを心がけていましたが、オートロックを抜けた先にある自分の一人暮らしの部屋は、足の踏み場もないゴミの山でした。仕事の激務と人間関係のストレスで、家に帰ると一歩も動けなくなり、夕食のコンビニ弁当の殻を捨てることすら億劫になっていたのです。最初は数個の袋だったものが、数ヶ月で膝の高さまで積み上がり、ついにはベッドの上にまでゴミが侵食してきました。友人を呼ぶこともなく、誰にも知られないようにゴミを隠し続け、いつの間にかそれが「普通」になっていました。しかし、ある朝、異臭と害虫の発生に気づいたとき、私の心の中で何かが弾けました。「このままでは、私は自分の人生に殺されてしまう」という強烈な恐怖を感じたのです。私はその日、会社を休み、初めて汚部屋掃除という戦いに挑みました。最初の一時間は、あまりの惨状に立ち尽くし、涙が止まりませんでした。しかし、一番手前にあるペットボトルを拾い、袋に入れた瞬間、何かが動き出しました。とにかく何も考えず、目の前にあるものを袋に詰め続けました。数時間後、三年間隠れていたフローリングの一角が見えたとき、私は叫びたいような感動を覚えました。「まだ、やり直せる」という希望が、ゴミの下から湧き出してきたのです。掃除は三日間に及びました。合計で五十袋以上のゴミを出し、不用品回収業者を呼び、最後には床を這いつくばって磨き上げました。物がなくなった部屋は驚くほど広く、窓を開けると新鮮な空気が胸の奥まで届きました。掃除を終えて一番変わったのは、部屋の綺麗さではなく、自分自身の生活態度でした。自炊を始め、定期的に洗濯をし、何より自分のために時間を使うようになりました。汚部屋掃除は、私にとって自分自身の尊厳を取り戻すための、最も過酷で、最も価値のある仕事だったのです。今、私は整った部屋でこの文章を書いています。かつての私のように、ゴミの中に埋もれて孤独を感じている人がいるなら、伝えたいことがあります。どんなに深く暗い汚部屋でも、最初の一本を拾う勇気さえあれば、必ず光の差す場所へ戻れるということです。掃除は、あなたを見捨てない。あなたが自分自身を見捨てない限り、部屋は何度でも、あなたの味方になってくれるのです。