認知症のサインは、日常の何気ない変化の中に現れますが、整理整頓ができなくなることはその最たるものです。なぜあんなに几帳面だった人が、と周囲が驚くような変化は、多くの場合、記憶障害よりも先に現れる実行機能の揺らぎに起因します。具体的には、分類ができなくなります。洗濯物を畳む際、これまでは家族ごとに分けていたものが、誰の物か区別がつかなくなり、一つの山に積み上げられるようになります。書類も同様に、請求書と領収書、単なる手紙の区別ができず、とりあえず一箇所にまとめておく。これが数ヶ月続くだけで、部屋の一部は情報の墓場のようになります。本人は、自分ができなくなっていることに薄々気づいており、それを隠そうとする心理も働きます。来客を拒むようになったり、片付けを手伝おうとする家族を激しく拒絶したりするのは、恥をかきたくないという自尊心の現れです。部屋の汚れは、認知機能の低下を隠しきれなくなった末の露呈なのです。この段階での介入は非常にデリケートです。「汚いから片付けよう」というストレートな提案は、本人のプライドを傷つけ、症状を悪化させる可能性があります。セルフネグレクトの背景には、配偶者の死などの喪失体験や、認知機能低下による自信喪失が重なっていることも少なくありません。部屋の汚れを片付けることは、単に場所を綺麗にするだけでなく、本人の壊れかけた心に手を差し伸べる行為です。「重い物を持ってあげるから、一緒に配置を変えてみない?」といった、別の理由を添えた手助けが効果的です。また、完璧な綺麗さを求めないことも、介護を続ける上でのコツとなります。最低限の通路を確保し、火の気などの安全面さえクリアしていれば、多少の散らかりは容認するという寛容さが、本人との信頼関係を維持するために必要です。部屋が汚れていくスピードに合わせて、ケアの厚みを変えていく柔軟な対応が、在宅介護の現場では不可欠な知恵となります。