部屋が物で埋め尽くされ、足の踏み場もなくなる状態は、認知症患者に見られるホーディング、つまり溜め込み行動の一つとして知られています。なぜこれほどまでに物を溜め込んでしまうのか、その心理の深層には、喪失に対する強烈な不安と恐怖があります。認知症が進行すると、自分の記憶や能力、社会的な役割が日々失われていく感覚に襲われます。その中で、身の回りにある「物」は、自分が生きてきた証であり、世界との繋がりを保証してくれる最後の砦となります。たとえそれが空き箱や古い新聞紙であっても、それを捨てることは自分自身の一部を切り捨てられるような痛みを伴うのです。また、認知症特有のこだわりが強く出ることもあります。ある特定の物を集めることに執着し、それが整然としていなくても、自分の周囲を埋め尽くしている状態に安らぎを感じるのです。このような場合、周囲が良かれと思って勝手に片付けることは、本人にとって深刻な精神的ダメージを与え、不信感を植え付ける結果になりかねません。部屋が汚いという事実は、衛生面や安全面で問題ですが、無理な排除は症状を悪化させる引き金になります。アプローチとしては、まず本人の言い分を否定せずに聞くことから始めます。捨てられない理由に耳を傾け、その物に対する愛着を認めた上で、火災の危険や転倒の恐れなど、具体的なリスクを丁寧に説明し、妥協点を探っていく粘り強さが求められます。部屋の汚れを解決するプロセスは、単なる清掃作業ではなく、本人の失われかけた自尊心を丁寧に繋ぎ止める対話のプロセスでもあるのです。心理的な安心感が得られるようになると、少しずつ手放す心の余裕が生まれることもあります。物理的な汚れを落とす前に、まずは本人の心のわだかまりを解きほぐすことが、遠回りに見えて最も確実な道となります。部屋の掃除を介護者が代行するにしても、本人が少しでも「スッキリして気持ちがいい」という感覚を思い出せるような工夫を凝らすことが、意欲の再燃を促す鍵となります。
物を捨てられなくなる認知症患者の心理状態