認知症ケアの現場において、居室の衛生状態の悪化は、疾患の進行を測る重要な指標の一つとされています。なぜ認知症になると部屋が汚くなるのかという問いに対し、専門的な視点からは複数の要因が指摘されます。まず第一に挙げられるのが、意欲の減退、いわゆるアパシーと呼ばれる症状です。これはアルツハイマー型だけでなく、前頭側頭型認知症などでも顕著に見られます。しかし認知症の方にとっては、そのゴミは風景の一部と同化してしまい、感情を動かす対象ではなくなるのです。これを情動の平板化と呼びます。また、身体的な機能低下も相まって、一度座り込むと立ち上がって片付けることが億劫になり、手の届く範囲に全ての物を集めるようになります。以前は趣味に没頭し、身の回りを整えることに喜びを感じていた人でも、脳の感情を司る部位が萎縮することで、あらゆることが面倒になり、身だしなみや部屋の状態に全く関心が持てなくなります。次に、見当識障害の影響があります。今がいつで、ここがどこであるかという認識が薄れると、季節に合わせた衣替えや、ゴミ出しの曜日を守るといった時間軸に沿った行動ができなくなります。その結果、冬服と夏服が混在し、出されなかったゴミが部屋の隅に積み上がっていくことになります。また、認知症に伴う収集癖も部屋を汚す要因となります。道端で拾ってきた石や、使い古したレジ袋などを「いつか役に立つ」と強く思い込み、捨てることができなくなるのです。これは、記憶の欠落を埋めようとする防衛本能の一種とも考えられています。周囲から見れば明らかなゴミであっても、本人にとってはアイデンティティの一部を守る大切な宝物に見えている場合があります。このような状態を改善するためには、単に業者を呼んで一掃するだけでは不十分です。本人の認識の世界に歩み寄り、なぜその物を手放せないのかという心理的背景を理解しなければ、片付けた直後から再び物が増え始めるという悪循環を断つことはできません。部屋の汚れを解消することは、本人の自尊心を取り戻し、安全で健康的な生活基盤を再構築するという、極めて重要な治療的介入の一環なのです。
生活の質を損なう汚部屋と認知症の深い関係